ヒキの良さ
とき葉は麻雀をします。でもあまりルールを知りません。
とき葉に麻雀を教えてくれたのは、結構凄いオジぃでした。
とき葉が17歳のころのお話。そう、結構最近の話です(?!)。その頃といえば年が一つ二つ違うだけで先輩・後輩の序列がはっきりしていた若くてまだ青い時代。今思えば生意気というか怖いもの知らずで恥ずかしいのですが。
いくつも年が離れたコワいお兄さんがピリピリして立っている中、とき葉はふかふかの革のソファに沈むように座ってアイスを食べていました。その事務所は「女」は出入り厳禁でした。まだ世間の何もかもが解らない17歳のとき葉は、まだ子どもだということでそこに居ることができたのでしょう。生物学上の「女」でその事務所に出入りできるのはとき葉だけだと、お兄さん達の中の一人が教えてくれたことがありました。
開いたままのドアの向こうの部屋ではオジぃたちが何やら話しながら麻雀をしています。
「とき葉、ちょっとこっち来い、おめぇはヒキが良さそうだからちょっと打ってみ」
そういうオジぃと自動雀卓の同じ縁に座ってわけもわからず牌を引いたのが最初の麻雀体験でした。
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自分の持っている牌の数字をそろえること。順番が回ったきたらひとつ山から引いてひとつ捨てること。
あとひとつのところまで揃ったら赤い点の一つついた棒を中央に出して「リーチ」といい、そのあとひとつを自分が引いたら「ツモ」と言い、人が捨てたら「ロン」と言うこと。
一・九・字牌は要らない。ただし三つずつあるときは取っておいてもいい。
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とき葉が教わったルールはこれだけでした。なのにその夜の麻雀でとき葉は欲しかった洋服・バッグ・靴を手に入れることが出来たのです。
「やっぱりおめぇはヒキが良い」
ヒキが良い、ヒキが良いとばかりオジぃは言っていましたが、とき葉にはあまり意味が解りませんでした。
「ねぇオジぃ、ヒキってなぁに?」
アイスを頬張りながら聞きました。
「ヒキってのはなぁ、『欲しい』と思ったら手に入る力のことだな。お母ちゃんのおなかから出て来たときにはヒキが良いか悪りぃかはもう決まってんだよなぁ」
「それって運のこと?」
「運は、いつ起きるかはわからんが良いことが突然降ってくることだろぉ、ヒキは自分がこうしてぇっていう時にアクションを起こしたら思い通りになる、魔法の手みたいなもんだ」
オジぃは話しながら視線で牌を引くようにとき葉に促しました。こんどの回ばかりは欲しいとおもった牌が来ずに、とうとう最後の牌になってしまいました。
「どうだ?とき葉、お?」
「あー、えっとツモ」
「ちっ!海底かよ」「まったく…」
他の三人はため息をつきながら点のいっぱい付いた棒をとき葉のほうへじゃらっと出します。対面に座っているオジぃがまるで幼稚園の子どもと話すみたいに言ってきました。
「ねぇねにはかなわんわぁー。ま、何するにしても今みたいに素直に引いてくるんだよぉ。わかったぁ?」
言っている意味がわからず??になっているとき葉にオジィは付け加えました。
「欲をかくとおめぇのヒキが生きなくなっちまうってこと。おめぇ以外の人間は麻雀をわかってて計算できるから『この牌が来ればいくら儲かる』だとか余計なこと考えながら引いちまってるから欲しい牌が出て来ねえのよ。で、それを技でカバーしてるんだが、あんまりおめぇが素直に引いてくるから、その技も今日は役に立たねぇんだけどさ」
「だってオジぃが『こんなかの順番に引いたら揃うから』って言ったから」
「それだけで引いて来れるおめぇは相当ヒキが強いのさ。でもな、だんだん解ってくるようになると『欲しい』って気持ちが強くなって引けなくなる。いくら持って生まれたもんでも、自分のヒキの良さを知らずに欲をかいたら、宝をどぶに捨てるようなもんさ。おめぇは『これが出る』って信じて引けば、出るだろう?ヒキの良い人間はな、欲さえかかなきゃ自分の好きなものが手に入るし、そんでおめぇみたいにニコニコしてりゃ、味方になってくれる人間もたくさんできるってことさ」
「ふぅん」
「欲をどうやってコントロールするかだな。何にも知らないまま生きてくわけにはいかねぇだろ?おめぇもいろいろ知ってくるようになると欲しいもんややりたいことが山ほどでてくるさ。そこで『出来る』と思って自然に行動できるかできないか、それさえできればおめぇは強い」
「ヒキってすごいねぇ」
オジぃが、きょとんとしているとき葉の顔を横目で見つつ、にやっと笑いながら煙草をくわえると後ろに立っていた若い人がさっと火を点ける。
「誰にでもあるもんじゃねぇよ」
その後、何度か人生の岐路に立たされましたが、今まで何とかやって来ているということは、まぁ良しと言えるでしょう。その頃のとき葉とは比べ物にならない今の生活環境。現在の職場には人間関係でもとても恵まれていますし、やりたい仕事ができていると思います。そして今、新しい生活への希望が見えてきました。
オジぃの話はどこまで本気にして良いのか、いまだによくわかりません。ただ、「素直な気持ちで行動を起こす」ということなのだと思います。あの時代、あの場所なりのやり方で大切なことを教わった気がしますし、学校で先生に教わるよりもぴったりと身に付いているような気がします。
オジぃは今頃どこで何をしているんだろう。もう15年も経つんだなぁ…。
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