交わりと死
人には必ず生が有り、また死が訪れます。盛者必衰、会者定離。生まれでてたものには必ず死が訪れ、そこで会った者同士も、最期は死が分かつ。
本当のことを理解するのは大変難しいように思います。
とき葉は素直で一途な反面、妖艶で性に深く取り憑かれています。それは生のあるがままの姿ではと思わされることが多いです。生きれば必ず他の人間との接触があり、やがてその接触は男女のそれへと昇華していく。そして衰え、次の盛者に生命の輝く場所を譲り、死がおとずれる。
近代では不義不貞だとか、社会のルールから外れた「情愛」は悪だと見なされがちです。とき葉の世界は現代のルールから私を解き放ってくれます。誰が量っても絶対な「金」だけに男女の営みが賭され、その中でとき葉は一之進を見つけてしまいました。とき葉が一之進とどう添い遂げるのか、私は楽しみです。それは、現実世界の私にとって、自分の持つ愛に対して正直に生きるための、手かがりとなるかもしれません。
死は必ずおとずれるものだから、安心して生きられる。死がおとずれなければ、怖くて何もできません。どうせいつか死ぬんだからという、捨て鉢な気持ちではない、生に対して崇高な想いが自分を解き放つのかもしれません。生は愛、どちらをあきらめても、あきらめなくても死に至る。ならば、自分の情愛の赴くままに生きてもいいではないのでしょうか。
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